帰ってきたウルトラマン 33話 怪獣使いと少年

すでに多くの人がブログに書いていますが、やはり、日本の怪獣特撮ドラマを語る者は避けてはいけない話でしょう。

1972年に放送された「帰ってきたウルトラマン 33話 怪獣使いと少年」です。

河原に住む中学生の佐久間良。
毎日、地面に穴を掘っています。

彼はいじめの対象でした。

彼は超能力が使えました。それを気味悪がる級友や町の住民に「宇宙人」と言われ、仲間はずれにされます。
それはやがて、「世の中のありとあらゆる災害の原因はこいつではないか?」という発想につながり、町の人から食べ物すら売ってもらえないようになります。
良はいじめに来る者たちを超能力で追い返しますが、更にそれが苛めや虐待の理由となっていきます。
犬をけしかけられますが、犬は爆発。これが、苛める者たちの怒りを加速させます。

公害を垂れ流す工場によって、魚が奇形。それは怪獣へと成長しました。魚怪獣ムルチ。ある日、良はムルチに襲われます。

それを助けたのは老人、金山。実は金山老人は宇宙人、メイツ星人でした。故郷である星が滅びたため、宇宙船で脱出。逃げついた先がこの地球だったのです。
金山老人は超能力でムルチを地下に封印しました。

良はある日から、河原で穴を掘り始めます。実は、金山老人は自分が乗ってきた宇宙船を地下に埋めて隠したのですが、健康を害し、宇宙船を呼び出す力がなくなっていたのです。
健康被害は公害によるものでした。もう、命の残りは少ない。
工場は毒の煙を出し続けます。

良は北海道出身。父は東京に出稼ぎに行ったきり行方不明、母はすでに死亡。父を探しに東京に出てきたが、身寄りのない良少年は、金山老人と河原の小屋で共同生活を始めました。
良は毎日、地面を掘り続けています。

良は中学生たちの虐待にあいました。
わずかな食糧の粥を地面にぶちまけられ、その上、良が自分で掘った穴に埋められます。
穴から首だけ出した状態。地面から出た頭。これを中学生は自転車で轢こうとしていました。

そこへ、怪獣攻撃隊MATの隊員であり、ウルトラマンである郷が止めに入ります。町で宇宙人の噂、それは超能力が使える良のことですが、を聞きつけ河原にやってきたのです。
頭を轢かれたら、死ぬかもしれない。その危機を良は救われました。

良は町にパンを買いに行きますが、店の女主人は売ってくれません。それを見ていた店の娘が良を追いかけます。
「うちはパン屋よ。パンを売るのが仕事だから」と良にパンを売ってくれました。
この話の中で唯一、ほっとするシーンでした。

金山老人の小屋で郷隊員は、いきさつを聞きます。故郷の星が滅び、1年前に地球に着いたが大気汚染に身体を蝕まれ、もう命はわずかしかない…と。宇宙船は地下に隠しましたが、呼び出す力は老人には残っていません。

だから、良は「時間がないんだ」と地面を掘るのです。

そこへ町の人が大挙、押し寄せてきました。今日こそは宇宙人を退治するのだと。MATが退治しないから、自分たちで退治するのだ。

竹やりを手に手にもつ群集。警官も一緒でした。

良を捕まえる群衆。割ってはいる郷隊員。良をどこかへ連れて行こうとする群衆。このままでは確実に良は殺される。

小屋の中で身を潜めていた、金山老人が現れます。「宇宙人は私だ。その子は私を守ってくれていたのだ」と。

群集の1人が叫びます「こいつを生かしておくとどうなるか分からんぞ」

群集が老人の襲いかかり、警官はついに発砲。金山老人は倒れ、身体からは血が流れ出す。

金山老人が死に、封印されていた怪獣、ムルチが地を割って現れます。

逃げ惑う群集。郷隊員に「早く怪獣を退治してくれ」と叫びます。

しかし、郷隊員はうずくまったまま、心の中で叫びます。「勝手なことを言うな。怪獣をおびき出したのはあんたたちだ」

そこに、虚無僧姿のMAT伊吹隊長が現れ、「町がどうなっていると思うのだ」と一喝します。

ウルトラマンに変身し、怪獣ムルチを倒します。

1人残された良。
彼は、まだ、穴を掘り続けていました。「おじさんはメイツ星に帰ったんだ。俺がついたら迎えてくれる」。だから、宇宙船を掘り出すのだ。
宇宙船をみつけるまで彼は掘り続けるだろう。地球から去るために。


差別を描いた作品です。
全編、暗いトーンで語られていきます。パン屋の娘と伊吹隊長と郷。これ以外は救いようが無い話です。

物語の中盤で伊吹隊長は、経過報告をする郷隊員に言います。
「日本人はその手に花を持てば美しく飾るのに、刃を持つとどんな残忍きわまりない行為をすることか」

河原が舞台なのは、「河原者」。部落出身者。
老人は身体を壊しています。身障者。
老人は仮の名として「金山」を名乗っています。在日朝鮮・韓国人に多い「通り名」。
少年の出身は北海道。アイヌ
そして、この作品の脚本を書いた上原正三氏は沖縄の出身。1972年はまだ、沖縄は返還前でした。

上原氏は後に、「この作品を作ったことを後悔している」と話していたそうです。
あまりにも差別を直截的に取り上げたからでしょうか。

「もう、この話は書けないだろう」とも。

日本に差別が昔よりも少なくなったから?

それとも、もう言ってもしかたがないから。良少年のように、日本を見捨てたのか?